【最終話:第七話】愛知から北海道まで物乞いをしながら0円で行った話

 

最初から見たい方はこちら!

【第一話】 物乞いしながら0円旅!?編

【第二話】ヒッチハイクにチャレンジしたけど失敗!?編

【第三話】マスタングの快進撃

【第四話】ヒッチハイク旅とんでもない落とし穴

【第五話】泊まるところがない!!リアル田舎で泊まろうに挑戦

【第六話】フェリー代がない!マスタングがとった行動とは!?

 

フェリー代を確保し、
ついに北海道苫小牧港に到着したマスタング!

目的地まではあと299キロ!
無事にたどり着けるのか?

ーーーーーー

さて、ヒッチハイク再開ですが・・・

 

当たり前ですが、北海道は広いです。

俺は前に北海道を車で走ったことがありますが、
基本的には山道なので変なところで降りてしまうとやばいです。

 

しばらく車がつかまらない可能性もありますし、
普通に熊やら鹿やらキツネやら獣も出てきて危ない。

 

 

時刻は昼過ぎ。

なるべくならサクサクっと
乗せてもらえるクルマをゲットしたいところです。

 

で、そんなことを思っていたら、
苫小牧港から
目的地方面に少しだけ向かう
トラックのお兄さんをゲット!!!

さいさきが良い!!!

 

そして、降ろしてもらった場所は殺風景な国道

 

一応、交通量はあります。

 

よし、ここで勝負をかけるぞ・・・・

 

狙うは一気に長距離を走りそうな
トラック運転手です。

 

しかし、トラックは運転席の位置が高い。

もしかしたら運転手からは
俺のことが小さすぎて
見えないかもしれません・・・

 

それに、怪しいと思われて
乗せてもらえないかもしれません。

 

そこで、マスタングが編み出した秘策とは・・・・

 

ダンシングヒッチハイク(どんっ!)

 

人は動きのあるものに
目が行くという習性を利用して、
ただ立っているよりも踊ることで
注目を引き、さらに怪しさを消そうという作戦です・・・!!

 

 

・・・

 

 

 

はい、完全に失敗です(悲)

 

 

笑いながら首を横に振る人、
見てはいけないモノを
見てしまったかのように
気づかないフリをしている人など様々です・・・

 

 

で、何回かやって
全然つかまる気配がないので
普通のヒッチハイクに変更。。。

 

 

そしたら!!

目的地まで乗せてくれる人が現れました!!!

 

 

よし!!!

あとは一気にゴールまで行くのみ!!!

5時間のドライブです!!!

 

 

そして・・・

 

到着!!!!

 

愛知県豊田市を出発して
5日目の午後5時!!

ついに0円で目的地の
北海道白糠町に到着しました!!!!

 

 

いよっしゃあああああああああ!!!!!!!

 

俺は言葉では表しきれない感動に包まれていました。

ここに来るまでにお世話になった
たくさんの皆さんに
感謝の気持ちが爆発しそうでした。

 

 

そして、いよいよ最後のミッション・・・

母のサプライズ訪問です・・・

 

実は北海道に来ることは
母に全く知らせていませんでした。

 

突然訪問してびっくりさせようと思ったのです。

 

 

ピンポーン・・・・

 


「はーい、ガチャ」

 

マスタング
「やっほー」

 


「ええ!!あんたなんでいるの!??」

 

マスタング
「これw」

背中に背負った段ボールを見せた

 


「ええええええ!!!?

0円旅!!???

どうやって来たの!?」

 

マスタング
「ヒッチハイクw」

 


「あらーーー!!

とにかく入んなさい!!」

 

 

そして、ここに来るまでに
たくさんの人にお世話になって
たどりついた話をしたのでした。

 

 

実は、俺がこの0円旅をやろうと思ったのは
3つ目的があったのでした。

1つ目はこれまで話したように、

『自分の殻を破るため』

 

2つ目は、

「トヨタを辞めて起業したい!
起業のアイデアを探すために世界一周に行きたい!」

なんて訳わからんことを
言い始める俺のことが
母はすこぶる心配だろうから、

 

こうやって行動して、
目標達成した行動力を見てもらって

『母に安心してもらうため』

 

3つ目は、

ずっとこれまで見守ってくれていた母に

『産んでくれてありがとうと伝えるため』

 

この3つの目的がありました。

 

なぜ「産んでくれてありがとう」と
伝えようと思ったかというと、

会社員1年目の時に父が亡くなり、
2年目の時にばーちゃんが亡くなり、
ついに俺の親族は
妹と母だけになってしまいました。

 

俺は思春期あたりから
母に対して素直になれず、
意地を張ってしまい、
つらく当たったり、
冷たい発言をしてしまうことがありました。

 

そんな話を以前、
とある経営者さんに話したところ、

 

経営者さん
「君を産んでくれたお母さんは世界中に一人しかいないんだよ。

お父さんが亡くなってしまってもういないなら、その分お母さんを大切にしなさい。

お母さんが最高に喜ぶ言葉を知っているかい?」

 

マスタング
「わかりません、なんですか??」

 

経営者さん
「産んでくれてありがとうって言うことだよ。

この言葉を聞くだけで、お母さんは本当に救われる。

生きてて良かったと思うはずだよ。」

 

マスタング
「ええ・・・それめっちゃ恥ずいですね・・・・

機会あったら言ってみます・・・」

 

こんなことが以前あり、
俺はこのヒッチハイク旅の数ヶ月後には
起業のアイデアを求め、
世界一周に行く予定だったので、

旅の途中に何かあったら、
もしかしたら二度と母と会えないかもしれないと思いました。

 

だから世界一周に行く前に、母に

「産んでくれてありがとう」

と伝えようと思いました。

 

 

いやーしっかし、

実際言おうと思うと、
恥ずかしくてなかなか言えません。

 

もじもじしてしまい、俺は
初めて女子に告白するときの男の子のようでした。

 

 

で、今か今かとタイミングをうかがっていたら
いつの間にか夜遅くになってしまい、
もう寝るかとなった時に
勇気を出して言ってみました。

 

マスタング
「お、おかあさん

あ、あの、言いたいことがあって、、、」

 


「どうしたのあんた?急にあらたまって」

 

マスタング
「いや、あのさ、

ここまでこうやって来れたのも、

こんなふうにすげー良い体験が出来たのも
俺を産んでくれたお母さんのおかげだなって。

 

だから・・・・

 

う、う、産んでくれてありがとう。」

 

 

言いました・・・

ついに言いました。

 

むちゃくそ恥ずかしかったけど、
言えました。

 

 

そして、母を見ると、

急に黙り込んで下を向いています。

 

ぐすっぐすっと鼻をすする音が聞こえ、
「う、う・・・」と泣いているようでした。

 

 

ど、どうしたんだ???

あまりにも素晴らしい息子を持って感動したのか????

 

 

母が泣くのが
少し落ち着いてから聞くと、
母は俺がトヨタを辞めてしまって
不安だったそうです。

 

 

母は口では
俺が会社を辞めるとき、

「あんたが無理して働いて鬱になる方が嫌だわ!

辞めたいなら辞めなさい!!」

 

なんて言ってくれましたが、
本当はせっかく入ったトヨタを辞めて
大丈夫かなと不安で仕方がなかったそうです。

 

そして辞めたと思ったら、
今度は世界一周に行くと言い始めるし・・・

外国で何かあったらどうしようと
心配でしょうがなかったらしいのです。

 

 

俺は母の気持ちも考えずに
好き勝手に生きていることが
なんだか申し訳ない気持ちになりましたが、

同時にそんな俺のことを
心配しながらも止めずに見守ってくれる
母に深い愛情を感じたのでした。

 

 

いままでは学歴もなくて、
精神的に未熟な部分がある母を
心のどこかで見下している自分がいました。

恥ずかしい存在とさえ思っていました。

 

しかし、俺は母の愛情にも気づかず
感謝もせずに母の悪い部分ばかり見ていました。

 

むしろ精神的に未熟だったのは
俺の方だったのです。

 

そう考えると、自分の愚かさが悔しくなり、
そして、これまで俺を見守ってくれた母に対して
感謝の念が湧き、

色んな気持ちがぐるぐると渦を巻き
いつの間にか俺も泣いてしまいました。

 

 

母、マスタング
「うう、うう・・・」

 

肩を丸めて顔に手を当てて泣く母を
俺は正面からそっとハグして二人で泣き合いました。

生まれて初めて母親にハグをしました。

 

母が小さくなったのか、俺がデカくなったのか、
昔よりも小さくなった母の背中が印象的でした。

 

母さん歳とったんだなあ・・・

 

もう母に対して、
恥ずかしいとか、意地を張るといった
変な感情はどこかに消えてしまい、
俺は素直になれました。

 

こうして、全てのミッションが終了し、
俺の母を訪ねて0円旅は幕を閉じたのでした。

 

 

ここに来るまで、
本当にたくさんの人にお世話になりました。

 

旅の途中、連絡先を交換した
車に乗せてくれた方々、
家に泊めてくれた原田さんには
電話やメールをして、
無事着いたことや感謝を伝えました。

 

みなさんおめでとうと祝福してくれて、
本当に良い人たちに巡り会えて
ありがたいなと思いました。

 

 

そして、旅の最初、

うだうだ言って逃げていた俺を
ヒッチハイクできるまで帰って来ちゃダメ!

と言って退路を断ってくれた彼女(今の嫁)にも
本当に感謝だなと思います。

 

 

俺はこの経験を通して、
伝えたいことが2つあります。

 

1つは、

物事は頭の中で考えているほど難しくない。
行動してみると意外となんとかなる。

ということ。

 

俺は1円も持たずに
ヒッチハイクをするのは
もの凄く困難なことだと思っていました。

具体的に北海道まで
どうやって行けば良いかも
イメージできていませんでした。

 

でも実際はやってみると意外となんとかなるし、
自分が難しいと決めつけているだけで、
実は大したことないんだなと分かりました。

 

これは自分でビジネスする時にも言えると思います。

 

昔の俺はビジネスというものを
非常に難しいものと思っていました。

 

才能が必要で、頭が良くて、
パッション的なものがないと
ダメだと思っていました。

 

でも、実際はそんなことありません。

 

もちろん知識は必要ですが、
ある程度知識を身につけたら、
あとはやってみるだけです。

 

一発目から上手くいくということの方が少ないので、
失敗したら改善の繰を繰り返すだけなのです。

 

今回のヒッチハイクでも
俺は的外れな仮説を連発していましたが、
その度に軌道修正していたら
最終的にうまくいきました。

 

で、改善を繰り返していたら
データや経験が溜まっていって
どんどん上手くできるようになりました。

 

例えば、フェリー代を集めたり、
ヒッチハイクで開始1分で
乗せてくれる車をゲットできたりですね。

 

 

つまり才能じゃないんだなと
理解することができました。

 

 

そして、どれだけパッションがあっても
少林寺拳法の道衣をくれた恩師のように、
それが相手に響かないということもあります。

(恩師、ダメな例に使ってすみませんw)

 

てことは、パッションよりも
相手のことをきちんと
考えられていなければ意味がないし、

それが出来ていれば、
逆にパッションは必要じゃないのでは?
とすら思います。

 

 

という風に、実際やってみると
頭で考えているだけでは
絶対に見えなかった世界が見えるようになります。

 

そう考えると、ほとんどの物事は
行動し始める前の
うだうだ言ってしまう自分が一番のハードルで

実際にやること自体は
それほど難しくないんじゃないかと思うのです。

 

 

これが1つ目。

 

 

もう1つは、

お父さんやお母さんがいる人で
これまで親に素直になれなかった人は

「産んでくれてありがとう」

と伝えてあげて欲しい。

ということです。

 

 

なんだかんだ言って
自分をこれまで支えてくれた、
育ててくれた人があるからこそ、
今自分が生きています。

 

今まで自分が経験してきた
良いことや嬉しいことも
親が産んで、育ててくれなければ
味わうことが出来ません。

 

もちろん、良い親ばかりではないかもしれませんし、
それぞれの家庭の事情もあると思います。

 

でも、もし仮に
自分の寿命があと1週間後に尽きると
イメージしてみてください。

 

おそらく死ぬ前に
やり残したことをすると思います。

 

超美味しいもの食べたいとか、
旅行に行きたいとか、
友達と遊びたいとか、
お世話になった人に挨拶に行きたいとか、
美女とヤリまくりたいとか
色々あると思います。

 

そのやり残したことの中に
親に一言だけでも
「今までありがとう」と
感謝を伝えたい。

 

こういったことが
含まれているのであれば、

いつかではなく、
伝えられるうちに伝えてあげた方が
絶対に良いと俺は思います。

 

なぜなら、
人は本当にいつ死ぬか分からないからです。

 

 

俺は会社員一年目の時、

父が突然亡くなった時に超後悔しました。

 

俺は父を尊敬していたので、
もっと頻繁に実家に帰って
一緒に時を過ごせば良かったと悔やみました。

 

酒を飲んで語り合ったり、
一緒に温泉にでも
行けばよかったと後悔しました。

 

 

でも、父はすでに亡くなってしまったので
どんなに悔やんだところで、それも叶いません。

 

だから、残った母親との関係を
良くしようと思いました。

 

 

俺は母に
「産んでくれてありがとう」
と伝えて以来、

母に対してすごく気持ちが楽になりましたし、
それまでは連絡を取るのが嫌で
半年に1回ぐらいしか連絡していませんでしたが、
今は素直に話せるようになりました。

 

 

前よりも連絡を取れるようになりましたし、
ツンツンせずに気軽に話せるようになりました。

 

きっと
「産んでくれてありがとう」と言われて

迷惑と思う親はいないはずなので、
照れくさいかも知れないけれど、
ぜひやってみて欲しいなと思います。

 

 

ということで、
そろそろこの物語も終わりまです。

 

 

人間やってみれば意外とできるものです。

一番怖いのはやる前だと思います。

 

 

ぜひ、昔の俺みたいにくすぶっている人は
自分を変えられそうな何かに
挑戦してみてください。

 

もし、何もなければビジネスしましょう。

 

ポジショントークとかじゃなしに、
俺はマジでビジネスを始めて
人生が変わりました。

 

 

俺がこのヒッチハイクを始めたのも
そもそもはビジネスを始めてから知り合った
ある経営者さんに勧められたからです。

おかげで、超成長できました。

 

 

なので何もない人はビジネスがおすすめです。

 

ネットならお金も大してかからないし、
挑戦のハードルも低いのでおすすめです。

 

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まだ登録してない方はそちらを見てみてください。

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今回の物語が刺激になり、
これを読んだあなたの人生を変える
何かのきっかけになればと思います。

 

それでは、長いお話を読んでいただき、
ありがとうございました!!

 

 

追伸

帰りはヒッチハイクしたり、
途中からは北海道の親戚に
空港まで送ってもらい、

会社員時代の出張で溜まった
ANAのマイルを使って
愛知に帰りましたw

 

帰りはヒッチハイクじゃないんかい!

と友人につっこまれましたが、
時間は有限ですからね。

 

ちなみに、
帰りはマイルを使いましたが、
ガチでお金は持たずに出発したので
行きも帰りも1円も使っていません。

愛知の空港に着いてからは
またヒッチハイクで家に帰りました。

 

行きは5日間かかった道のりが
帰りはたったの半日で着いて、
文明の凄さを感じました。

 

便利なものはどんどん活用すべきですね。

 

では!

 

 

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僕は年収1億円稼ぐ23歳の富裕層と出会い、
月収200万以上稼げるようになり、人生が激変しました。

昔はトヨタの本社で
レクサスの開発者をしていましたが、
今はたった一人でほとんど働かずに
上記の金額を稼いでいます。
たぶん超絶怪しいですよね。

お前には才能があったんだろ?とも言われます。
ですが、僕はもともとビジネスが
得意だったわけでもなければ、
しゃべるのも文章を書くのも大の苦手でした。

そんな僕でも自信を得ることが出来て
1年で月収200万まで稼げるようになりました。
結局慣れなんですよね。
ビジネスに才能なんて要りません。
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