トヨタ時代の3年とビジネス始めた3年で学んだことの比較。

こんにちは、マスタングです。

ビジネスを初めて3年くらい経って
いろいろ変わったので、
最近思っていることを交えながら、
トヨタで会社員をしていた頃と
今の違いを語ろうと思います。

 

昔の僕を知っている人は、

「お前キャラ違いすぎだろ」

と言われるくらい僕は変わりました。

 

せっかくの機会なので、
書きためておこうと思います。

 

新入社員の俺
「まずは3年!』

〜3年後〜

あれ?変わってねえぞ俺?

新入社員だった時の僕は
トヨタで成し遂げたい夢がありました。

企画部に入って自分が考えたクルマを世に出したい!
そのクルマを親父や将来の息子に自慢したい!

と思っていました。

 

そのためにもガンガン仕事して出世してやるぜー!!!
偉くなったら金持ちにもなれる!!

と思ったわけです。

(昔貧乏だったから金持ちになりたかった)

 

僕が目標としていた部署に
いる先輩からは

企画部に入りたければ
3年間は死に物狂いで仕事をして、
結果を出して同期の中で目立て!

と言われていました。

 

よっしゃ!!
やるぞおおおお!!!


ここでのし上がってやる!と
入社当時は燃えまくってました。

 

当時の僕は妄想します。

3年後ぐらいには、
バリバリ仕事をして
同期の中でも頭角を表して
若手のホープ的な存在になってるんだろうなぁw

勝手に妄想して
ニヤニヤが止まりません。

 

しかし、2年目、3年目。
僕はだんだん気づき始めます。

 

・・・あれ?
大して変わってねえぞ俺?

 

なんか違うのです。
昔思い描いていた自分と。

 

〜新入社員の時に思い描いていた自分〜

俺「えー今回は、最新の〇〇理論を取り入れた、実験をしたところ、こんな結果が得られました」

上司「ほう、素晴らしい」

➡︎俺氏、スピード出世!!


〜実際の自分〜

資料作り
 ↓
上司①にプレゼン
「えー、あー、うー」
プレゼン爆死
 ↓
やり直し
 ↓
資料作り
 ↓
上司①に再プレゼン
「えー、あー、うー」
 ↓
なんとかOKのハンコもらう
 ↓
上司②にプレゼン
「えー、あー、うー」
プレゼン爆死
 ↓
やり直し
 ↓
資料作り 
 ↓
以下続く

 

あれ?

あれあれあれあれ?

なんか思ってたのと違うんですけど??

 

俺、資料作りと報告しかしてなくね?

 

仕事の大半が
クルマの性能実験ではなく、
上司への報告と資料作りでした。

 

俺のプレゼンがクソすぎたのもある。

だが、それを抜きにしても、
上司のハンコをもらうまで
何一つ仕事が進まない大企業特有の
超無駄ムダムダな仕事の進め方に
疑問を感じていました。

 

こんなんじゃあっという間に
ジイさんになってしまうで・・・

 

アホな上司の機嫌取りと
資料作成ばかりしていたら
昔思い描いていたほど
成長してない自分に危機感を感じました。

3年働いてみた、
けど、何も変わってねえ俺。

これが結論でした。

 

てか、1年の過ぎるスピードが
異常なくらいはええ。

つまり、それだけ変化ない。
刺激ないってこと。

 

これをあと40年やり続けるのかあ。。。

40年って冷静に考えたらヤバい。

どのぐらいやばいかというと、
これぐらいやばい↓

 

これが(東京原宿の40年前、てか写真が白黒)↓

これになったり(街並み変わりすぎ)↓

 

これが(日本初の携帯電話、当時は肩に下げるやつ)↓

これになる↓

昔のはデカい上に電話しかできなかったけど、今は手のひらサイズで世界中の人とテレビ電話やチャットができる、映画も見れる

 

別世界やん。


てか、そもそも40年後に自動車産業残ってるのか?

 

昔みたく大企業だからといって潰れない時代じゃないですからね。
東芝が良い例。

自分に嘘ついたまま40年間も
会社やめてーって言いながら
働くのは俺には無理でした。

 

当時の僕は、

「ああ、今日も仕事かあ、、
でも、あと2日で休みだ。
頑張ろう。。。」

とズーンとした気持ちになりながら、
ゾンビみたいな顔で出社してました。

周りの通勤してる人も
みんなゾンビ。

 

毎日ゾンビの大行列だった。

 


企画部に入りたいという夢はあったものの、
仕事をすればするほど、
クルマの開発がそこまで好きじゃないことにも気づき、

周りの先輩たちは仕事がきつすぎて
うつ病になったりで、
将来に希望や期待感がありませんでした。

 

もう今とは真逆で
毎日暗い顔してたと思います。

 

自分自身もうつ病になりかけて、

俺もあの先輩達のようになるのか!?
そんなの絶対嫌すぎる!!!

と思い、
トヨタをやめようと思いました。

 

もちろん辞める時は悩みました。
俺やめたら超周りに迷惑かかるじゃん。

せっかく育ててくれた職場先輩や
現場の人に超申し訳ない。

 

でも、思いました。

今の状態で
影で会社やめてーと不満を言って
負のオーラ撒き散らしながら
40年も働く方が迷惑じゃねーか。

 

それに、トヨタ辞めて
別の世界でもっと活躍して
トヨタ車何台も買った方が
結果的にトヨタへの恩返しに
なるんじゃないのか?

 

そう思ったので
一歩踏み出しました。

 

それに、今会社経営する立場になって思うけど、

そもそも辞められて
困るような逸材だったら
もっと給料高いはずです。

 

僕だったら社員でそんな優秀な人がいたら
会社の株渡してでも辞めさせない。

もし、そんなに重要人物ならね。

 

でも、現実は
その人じゃなきゃ出来ない仕事なんてないんですよ。
変わりなんていくらでもいます。

 

 

結局、俺一人が辞めたところで
大して会社に影響なんてないし、
自意識過剰だったのです。

 

トヨタに入社して、
入社1年目は新鮮でした。

開発の現場とか、実験とか。


でも、慣れてしまうと、
あとは同じようなことの繰り返しで
残りの2年はスカスカだったなと思います。

 

で、そこから
ビジネス始めるわけですが、
僕の人生は急展開しました。

 

ビジネスを始めた後の3年
世界が変わりすぎた

で、僕はビジネスを始めるわけですが、
正直、会社員時代の3年とは
比にならないくらい
濃い人生を送るようになりました。

 

まず、充実感が超あった。

知識を詰め込んで、実践
朝から晩まで夢中で仕事をする。

寝るときは疲れ果てて泥のように眠る。

 

集中して作業してる期間は
毎日、会社員時代より全然仕事してたけど、
でも、それが得も言われぬ充実感だった。

成長してる感がすごいし、
夢中になれるものがあるって楽しい!!

 

で、そんなことしてたら
時間的にも金銭的にも余裕ができたので、
アラスカに行って
オーロラの下で9年付き合った彼女にプロポーズしました。

オーロラの下でプロポーズ、
高校生の時からずっと夢だったのです。

ラストクリスマスっていうドラマで
織田裕二が矢田亜希子にオーロラの下で
プロポーズしていて、
俺も大人になったら
将来絶対これやろうと思っていたのです。

夢が叶った瞬間でした。

 


あとは、金持ち達から情報を仕入れるために
2ヶ月に1回はシンガポールに行ったり。

ランボルギーニに乗ってみたり。

会いたい経営者に会うために
北京に行くかー!とか、
沖縄行くかー!と
決めたら翌日にはチケット取って
現地に行っていたり。


自分より2回りぐらい年上の
経営者にプレゼンして、
商品やサービスを買ってもらったり。

企業をコンサルティングして、
売上を10倍ぐらいに伸ばしたり。

 

30代で何百億と稼ぐ社長と出会って、
世の中にはこんな化け物みたいな人が
存在したのか、、、

と新しい世界を知ったり。

 

他にも出すとキリがないですが、
これがここ3年ぐらいの出来事です。

会社員時代の3年とは
人生の濃度がまじで変わりました。

 

でも、昔に比べたら
自分成長したなと思うけど、
まだまだまだです。


外の世界を知れば知るほど、
すごい人が超いるという現実を
目の当たりにします。

 

てか、昔の僕なんて

俺?トヨタだけど?( ̄∀ ̄)

と、大企業の看板を使って
俺が頂点だーと言わんばかりに
ドヤっていましたが、
今考えると恥ずかしすぎて
死にたくなる。

世間知らなすぎた。


世の中すごい人が超いるのです。

 

お金持ち達の共通点

僕が仲良くさせていただいてる、
経営者さん、起業家さんは
お金持ちが多いですが、
本当に頭の良い方ばかりです。

 

頭が良いといっても、
よく勉強されている。という感じで、
学歴が良いわけではありません。

高校卒、中学卒の人、
たくさんいます。

 

学歴だけなら
トヨタ時代の同期は
東大、京大、慶応がわんさかいるので
死ぬほどエリートですね。

 

でも、お金も時間もあるのは
エリートではなく、
経営者や起業家達。


じゃあ彼らお金持ち達の共通点は?

お金を「消費」ではなくて、
「投資」に使っていたことです。

 

よく考えると当たり前なんですが、
ビジネスを成功させる、
あるいは、より良い人生にするために、
必要な知識や情報に
お金をバンバン投資しているわけです。

 

アイデアは
ベースになる知識がないと生まれないから、
まずは知識や情報を集めまくる。

すると、どんどん頭がよくなり、
新たなアイデアが思いつくようになる。

これが大事だと教えてもらいました。

 

お金を稼ぐって本当に難しいのか?

実際僕も超勉強しました。

そして分かったのは、
お金を稼ぐのは世間で言われているほど
難しいことではないということ。

もちろんジャンルにもよります。
難易度が高いものもあれば、
難易度が低いものも。


でも、そこさえ間違わなければ、
生活レベルを稼ぐのはもちろん、
100万円、200万円といった金額ですら、
稼ぐのは難しくありません。

 

そして、何か一つに集中して、
自分の得意分野を作ってしまえば、
普段自分とは縁のない市場で闘うと
めちゃめちゃ成果が出たりします。

僕の場合は、最初はリスクの低い
ネットに集中して、ネットの知識を元に
オフラインのビジネスで勝負したら
余裕勝ちしたことがあります。

 

これは僕に才能があったとかじゃなくて、
単純に知識を知っていたからイケただけです。

知識は強いなと思います。
本当にね。

 

もちろん、知識だけ蓄えても
実践しなければ儲かりません。

でも、知識が全く無いと
どう進めれば良いか分からなくて怖いし、
逆に知っていると、ゴールまでの
道すじがざっくり見えるので
自分の行動に自信が持てるようになります。

 

最初の一歩が踏み出せるようになります。

これが大きい。

 

大事なのは、
分からないなりにも
まずはやってみること。

でも、最初はどこに向かって
その一歩を踏み出せば良いかが分からない。

だから、ちょっとでもいいから指針は欲しい。

 

その指針。

これを脳みそからひねり出すのを
可能にするのは
日々の学習なんですよね。

学習→実践→検証。

これを繰り返していると、
経験値がどんどんたまってくる。

そうなってきたらもうこっちのものなわけですよ。
やればやるほど、その道のプロになります。

 

どうせ生きるなら濃い人生を生きたい。

昔、スカスカで退屈な人生を
送っていたからこそ、
どうせ生きるなら濃い人生を
生きたいと思っています。

 

だって、昔なんか
平日はゾンビみたいな顔で
朝から晩まで資料作って、

週末は家でyoutubeとか
ニコニコ動画見てるだけだったもんw

気づいたら夕方になってて、
全然刺激ないw

退屈すぎたw

 

だからこそ、
これからの人生は濃く生きたい。


やりたいことがたくさんあるから
お金だってもっと稼ぎたいし、
今以上に世の中に役に立つことをして人を喜ばせたい。

自分の親父は社会人2年目で
死んでしまって、
全然親孝行できなかったけど、
せめて母ちゃんにだけは親孝行したい。

 

世の中にインパクトあることして、
自分が生きた証を残したいし、
自分のやってきた仕事を将来の子供に
自慢したいなーとも思う。

 

食べ歩きが好きだから
世界中の美味しいもの食べてみたい。
(でもやっぱ日本のメシはレベル高い)

 

達成したいこと、
叶えたい目標がたくさんある。

 


そのためには自分をもっと
レベルアップさせなきゃだから、
もっともっと脳みそに
知識や情報を入れていく必要がある。

 

やっぱバカのままじゃ稼げない。
俺は元は超がつくほどバカでした。

昔はフィリピンで
自分が書いた書道を現地人に20円で売るっていう
全然儲からないことで、
本気で稼ごうとしてた。

で、200円しか稼げなくて、
書道儲からねーとか言ってた。

そりゃそうだろw

 

知識ないって恐ろしすぎる。

 

昔はケチで見栄っ張りだった。
後輩や彼女とメシに行ってもキッチリ割り勘。
安い卵を買うためにチャリで隣町のスーパー。

服とか車とか見栄を張るものにばかりお金をかけて、
肝心の中身がスカスカだった。

 

お金は大事だ。
だけど、お金を生み出すための脳みそはもっと大事。

 

金持ちになりたければ
知識を脳みそに入れて
進化しないといけない。

 

貧乏はダメだ。

俺は忘れてはならない。

高校生の頃、お金がなくて
毎晩のように両親が喧嘩して
深夜に泣いていたお母さんのこと、

家庭を支えるために
ボロボロになりながら働いてくれて
若くして死んでしまった親父のこと。

 

お金がないってだけで全てが狂う。

きれいごと抜きにお金は大事だ。

 


だからこそ、稼ぐために
もっと学んで人生をショートカットしていこう。

 

学んで、試して、また稼ぐ。
この良い循環をぐるぐると回していこうと思っています。

 

最後にまとめると、
会社員の3年も
ビジネスしてからの3年も
同じ3年だけど、

過ごしかたの違いで
濃さが全然変わった。

 

知識を得る、情報を得ることの
人生へのインパクトは果てしなく大きかった。

ということです。

 

稼ぐ上で特に良い記事をまとめてあります。

時間とお金をかけて得た
良質な情報をまとめてあるので、
まずはこれを読んで、
その上で、いろんな記事を読んでもらって、
知識をどんどん蓄えていただきたいと思います。

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僕は年収1億円稼ぐ23歳の富裕層と出会い、
月収200万以上稼げるようになり、人生が激変しました。

昔はトヨタの本社で
レクサスの開発者をしていましたが、
今はたった一人でほとんど働かずに
上記の金額を稼いでいます。
たぶん超絶怪しいですよね。

お前には才能があったんだろ?とも言われます。
ですが、僕はもともとビジネスが
得意だったわけでもなければ、
しゃべるのも文章を書くのも大の苦手でした。

そんな僕でも自信を得ることが出来て
1年で月収200万まで稼げるようになりました。
結局慣れなんですよね。
ビジネスに才能なんて要りません。
どんな人でも学んでいけば稼げるようになれる。

僕マスタングが月収200万を稼ぐ過程を下記の記事では公開してます。

月収200万になったマスタングの人生激変物語

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